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第1回 たりないものなど
チコタンから電話があった。
チコタンの話は、けっこう飛ばし飛ばし聞いてしまう。
その上正反対の返事をして
話をまぜっかえしたりするのだった。
その日も、「・・って言うのよ、失礼でしょ?」というせりふに
「違うよ、それはチコタン寂しかったんだよ、
寂しいを違う言葉に変換したらだめだよ、顔が醜くなるから。
寂しいときはちゃんと実感しなけりゃあ」
とか言いながら、(へーそんなもんか)と思っていた。
ある日レンタルビデオの延滞金を払っていたら
突然分かった。
そうか!
今まで何かにつけて自分を人と較べていたのは
寂しかったからなんだ!
だって較べるには数字が必要、
あの子は私より5コ多くあめ玉持ってる、
私はあの子より7つ多く秘密を知ってる、とか
2、5、19、48、33、26・・
ほらほら数字の羅列は!
寂しい寂しい!
そうかじゃあ私は今寂しいのか、
それでは実感するんだったな、実感しなければ、
私は寂しい、私は寂しい、
私が寂しいのではなくて
今私は寂しい、
今私は寂しい・・
はて、なんで寂しいんだっけ。
そうか。
私があの人のことを、好きだから。
よし!よし!
帰ってきたぞ!
ここからなら!
どこへでも行ける!
どこへでも行けるよ!
たーりなーいーもーのなどー
なーにもーなーいー♪
私は歌いながら自転車を漕いだ。
風は冷たかった。
冬の初めのことだった。
第2回 そんなふうに
その頃私は悔しかった。
悔しいから早起きして、
1時間早く出勤して、
その日の仕事を完璧にやるということを
しようとしていた。
冬だったんで朝は寒いんである。
けど、起きた瞬間「くやしーー!!」と思って
すごい勢いで起きていた。
本当は悔しいだけではなかったんである。
しかし、悔しいと思わねば
とにかく次の行動に移せなかったので
とにかく悔しいということにしていた。
それで朝のホームに行くと
まだ暗い内から家を出て
めっちゃ頑張ってるような気になってる私を待ってるのは
「わしら40年ずっとこうして出勤してるもんね」
というようなお勤め人のおじさん達だった。
しかも、ホームで仲良くなったのか、
もともと知り合い同士がご近所だったのか知らないけど
連れっぽいんである。
大体同じ席に座って
おじさん達の時事放談を聞いてると
何か私の中でピントが合っていくのが分かった。
そうして駅から職場まで歩く時は
平沢進を聴きながらだった。
少しでも甘い音楽は聴いちゃおられなかった。
平沢さんの、すっとぼけた真面目さとユーモアを感じる
遠い音楽を聴いていた。
ブレない音楽だった。
そうして職場に着くと
イエスのCDを大音量でかけて
大宴会場のカーテンを大々的に開くのが常だった。
そんなふうに、私の朝は始まっていた。
その頃がしあわせだったとは言わないが、
そんなふうに私は、世界に愛されていたのだった。
第3回 ここはひとつ
私の髪を切ってくれる人は、
カリスマ美容師の小林くんという。
めんどくさがりの私に、いつも根気よく
スタイリングの仕方を教えてくれるのだが、
私はなかなかワックスが減ることのない女だった。
「だって私、こうしたい!という髪型のビジョンがないんですもん」
と言ったらば、小林くんはこう言った。
「鏡に向かって、こうかな?ああかな?とやってる時間が
井波さんをキレイにしますよ。」
!!!
私はひっくり返りそうになった。
つまりはそういうこと?
小林くん、今すごいこと言いましたね?
すごいことを!この私に!
世界中の女子の皆さん!
どうやらそういうことらしいんですよ!
世界中の女子の皆さん!
キレイは伝染するって、かの山咲千里も言ってました!
世界中の女子の皆さん!
ここはひとつ、手を組もうじゃありませんか?
(男子の皆さんはお昼寝でもしていて下さいませね。)
ね!世界中の女子の皆さーーん♪♪
第4回 わたしのちいさな
アリサちゃんは一年生。
それは私が仕事で、私にしかできないような間違いを
してしまったときだった、私はもう私なんて
この世にはいらないんだと思っていた時、
アリサちゃんが私に抱きついてきて
私を見上げてこう言った。
「先生大好き」。
えー。
わたしのこと?それって?
そんな嬉しいこと言ってくれたのも
明日になれば忘れちゃってるのよね、
だからいいんだよね、
だから嬉しいんだよね。
里沙ちゃんは年中さん。
息を弾ませながらやって来て
たまたま目の前にいた私に話しかける。
「さっき、食べてきてん!」
「へー、何を?」
「お母さんと!」
「うんうん」
「アイスクリーム!」
「へー、いいねえ」
「いちごの!!」
「いいな〜♪」
「このイス、ひとりですわれた!」
「あっほんとだねえ」
「こけんかったよ」
「すごいねえ!」
里沙ちゃん、そんなふうに世界と仲良しなのね。
私みたいに、誰かの注目を集めようとして
突拍子もないこと言って、
結果誰かを傷つけるなんてこと、ないのね。
絶対ないのね。
ある日アリサちゃんが私のそばに寄ってきて
私を見上げて言った。
「先生、声はモー娘の吉沢に、顔は安部なつみに似てる。」
きゃはは!そう?
そうだといいなあ。
「先生、もう家に遊びに来ないの?」
え?
行く行く、行くよ。
行って一緒に窓を開けて眺めようか。
世界がどんなに未知なもので溢れているかをさあ。
わたしのちいさなともだち。
わたしのちいさなともだち。