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第66回   行っといで

仕事でお世話になっている目上の女性と
その方のお宅で話しをしていた。

最初は仕事のついでの世間話だったのだが
ひょんなことからその方の
最近あった出会いと別れの話しになり

それはすごい話しだった。

その方のお父様は入院していたので
通っていた病院で出会った人達の話しで

その人達の生死に関する話しだった。

人はいつか死ぬのだ、これだけは平等に。

だからすごい話しだったのだけど
あたりまえの話しでもあったのだ。

あたりまえだったが
私は今まで触れることのない話だった。
言葉では聞いていたのだろうが。
その人のとらわれない性格と率直な話し方、
「人間その立場にならんと分からんなあ!」という話しを
仕事そっちのけで聞く機会。
そんな時間を与えられたのだった。

彼女が話す人々の話しは
とてもリアルで
誰もが自分のことのように聞いてしまう話題だった、
自分もいつかは体験することだから。

「だらだら生きるのもいいと思うねん、
生き急がんでいいと思うし。
でもなあ、どう死ぬかやで。」

と彼女が言って
「ほんとうですねえ!」と
言った、そう思った。

そして
私は今生きてるんやな。
と思った。

なぜかは知らぬが生きているのだ、
歩いているのだ。
心臓が確かに動いている。
なぜだろう。

どう生きるかと考えると
でたらめな私は頭がこんがらがるが

どう死ぬかという言葉を思い浮かべると
おのずと道が見えるのは不思議だ。
そして当然だ。

その人の家がある町、
どちらかと言うと町外れという感のある。
彼女の住む家も平凡で、
テレビでは「となりの晩御飯」のコーナーでないと
見れないような。

特別な場所ではない、
町外れの、平凡な家の台所に
買い置きのジャガイモのように
真実はごろっところがっているのだ。

そんなふうに命は
豊かに息づいているのだ。

すでに暮れかかって
街灯もなく薄ら寒い町の通りを
心臓の鼓動を感じながら歩く。

行け、私。

























第67回   好きな映画

「突入せよ!あさま山荘事件」はほんとにいい映画だと思う。

なんでかって言うと、日本のかっこいい大人の男の人が
たくさん出てくるからだ。

この前テレビでも放映されてもちろん私は観たけれど

ビデオで何度も観てる私としては
カットされてる部分やコマーシャルが入ってしまう部分が
とても残念なのだった。

それにこの映画はできるだけ事実に忠実に作ろうという気概に溢れているから

全然ドラマティックな筋書きでなく、
テレビで放映するには向かないのがよく分かった。

重要な展開を表す台詞 
(最初は第九機動隊だけが行っていたのが
第二機動隊も現地に向かうことになったとか)も

現実っぽくぼそぼそ喋られるから、散漫に観てたら面白くもなんともないのだった。

荒川良々がどれだけかっこいいかとか
分からないんだなあ。

年末で、しかもクリスマス前になぜこの映画が放映されたのか
よく分からない。
喜んでたのは私だけなんじゃ・・

この映画は音楽もとてつもなくいいのだ。
映画も音楽も地味にすごくよくて
出勤前に、おいしい味噌汁を食べた時のような

わざわざおいしいとかびっくりマークをつけて言わずに

よし、行こ。
と、仕事に向かえるような普通に大切なエネルギーが
こめられているのだ。

たましいがこもった作品は、命が与えられているのだなあ。

そういうものがあるこの世界にいることを嬉しいと思う。

それだけでいいと思う。
ひつようなものは少しでいいのだ、
私にとってはこの映画だけど
みんなそれぞれ違う形で
胸のなかに生きているものがあるのだろう。

長い時間をかけてでも
それらの素晴らしいことに
返事を書けたらいいな。
もしくは一緒に生きる。
大切に。

















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